月別アーカイブ: 11月 2022

過去の投稿&メッセージ 

光と闇

「光と闇」 2022/11/20 聖霊降臨後最終主日礼拝メッセージ

ルカの福音書23章33~43節

きょうは教会暦では1年最後の日曜日、「永遠の王キリスト」の日です。普通この日は再臨(イエス・キリストが再び地上に来られること)の箇所を読むことが多いのですが、きょうはイエス様の十字架の箇所を読みました。十字架上のイエス様こそもっとも王様にふさわしい姿であり、それによってわたしたち罪びとが、暗闇から光の御国へと移されたのです。

今日の箇所に、イエス様の右と左で十字架にかけられた2人の犯罪人のことが記されています。一人は途中でイエス様を信じ、一人はイエス様をののしり続けました。まさに「光と闇」ほどの違いです。 (さらに…)

聖書は永遠のもの

「聖書は永遠のもの」 2022/11/13 聖霊降臨後第23主日礼拝メッセージ

ルカの福音書21章5~19節

来週(11/20)は教会暦では1年最後の日曜日です。例年この時期にはイエス様の再臨、つまり世界の終わりについての箇所を読むことになっています。世界の終わりが近づくと、ニセキリストが大勢現れたり、戦争や暴動や大地震が起こったり、疫病やききんが起こったりする…と今日の聖書に書かれています(8~11節)。これらを見ると、まさしく現在の世界そのものではないか・・という気がします。しかしこれらは現在に限らず、今までの歴史の中でも起こりました。例えば「疫病」は現在のコロナだけでなく、約500年前にもペストが大流行しました。こういうことが起こるたびに人々は「いよいよ再臨だ」と言ったり、「再臨など来ない」と言ったりしたのです。

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平地の福音

「平地の福音」 2022/11/6 召天者合同記念礼拝メッセージ

ルカの福音書6章20~31節

きょうは3年ぶりにご遺族をお招きしての召天者記念礼拝です。コロナはわたしたちに多くのマイナスをもたらしましたが、「神はすべてを益としてくださる」と聖書にあります。きょうの箇所も「マイナスがプラスになる」ことを教えています。「貧しい者は幸いだ。神の国はあなたがたのものだから。飢えている者は幸いだ。やがてあなたがたは満ち足りるから。…富む者は哀れだ。慰めをすでに受けているから。」(ルカ6:20-21、24)。なぜ貧しい者が幸いで、富む者が哀れなのでしょうか?神様はわたしたちがおなかをすかせているのを見て喜ぶようなお方なのでしょうか?いいえ、そうではありません。

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急いで降りる

「急いで降りる」 2022/10/30 聖霊降臨後第21主日 宗教改革日 礼拝メッセージ

ルカの福音書19章1~10節

今日はルターの宗教改革主日です。このルターという人は、人間がその罪から救われ義とされるのは、信仰によって神様から一方的に与えられる恵みにたよる以外にはない、ということを聖書の御言葉の中に発見したのです。

 さて、今日の聖書日課の中のイザヤ1:11~15では、「あなたがたの多くのいけにえは、わたしに何になろう」と主は言われ、人間の偽善を示されます。私たちが、どんなに神様を喜ばせようとしても、人間のしていることには必ず悪があり、それを正さずして行うことはすべて偽善だと神様は言われます。そして、この偽善、悪事に対して、イザヤ1:16で、神様は直接的に人に悪事をやめよと言われます。そこに人間に対する忖度はなく、間違った優しさはありません。

 そして、神様は、具体的な行動を命令されます。善をなすことは、ただの思い込みや想像みたいなものではなく、具体的な行動です。イザヤ1:18を見ますと、神様は、たとい民の罪が如何に重くても、真っ白に赦される時が来ると言われます。それは、人間が罪を犯さないようになるからではなく、神様の一方的な恵みによるということです。

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