月別アーカイブ: 5月 2020

祝福のインフルエンサー

「祝福のインフルエンサー」 2020/5/24

ルカ24:44-53

このたびのコロナウイルスで心配なのは、「自分が知らない間に家族や友人にうつしてしまわないだろうか?」ということです。でもこれがウイルスではなく、「幸せ」や「喜び」であれば、大いにうつしたくなるのではないでしょうか?

きょうは、イエス様が復活後40日目に天に昇られたことを記念する日曜日です。もしイエス様の昇天がなかったら、今もわたしたちはイエス様の肉声を聞くことが出来たり、イエス様の奇跡を肉眼で見ることが出来たでしょう。しかしイエス様は天に昇られました。それはわたしたちに「聖書を通して」イエス様と出会わせるためです。「わたしについてモーセの律法と預言者と詩篇(つまり聖書全体)に書いてあることは、必ず全部成就する」(ルカ24:44)。聖書は最初から最後まで「イエスキリスト」について書かれた書物です。「イエス様がわたしたちの罪の身代わりに十字架で死なれ、復活された。イエス様を救い主と信じる人は罪がゆるされ、永遠のいのちを持つ」ことを教える書物です。

イエス様が昇天されたもう一つの理由は、 (さらに…)

今こそ共に

「今こそ共に」 2020/5/17

ヨハネ14:15-21

最後の晩餐の席でイエス様は言われました。「あなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです」(ヨハネ14:15)。イエス様の戒めとは、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと」(ヨハネ15:12)です。
こう聞くと「わたしはイエス様を愛しているだろうか?」と不安になりますが、大事なことは、わたしたちが神様を愛する前に、まず神様がわたしたちを愛してくださったということです。 (さらに…)

隠れたる神

「隠れたる神」 2020/5/10

ヨハネ14:1-14

「神がいるならはっきり見せてほしい」これは人間の本質的な願いです。イエス様の弟子の中にもそういう人たちがいました。

最後の晩餐の席で、イエス様が「わたしの行く道はあなたがたも知っています。」(ヨハネ14:4)とおっしゃった時、トマスは「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。」と言いました。彼は特に不信仰だったわけではなく、自分で納得しなければ先へ進めないタイプだったのです。わたしたちもわからないことがあれば遠慮なくイエス様に尋ねましょう。イエス様は一番適切な答えを与えてくださいます。

トマスの質問にイエス様はお答えになりました。 (さらに…)

ほんとうの自由

「ほんとうの自由」 2020/5/3

ヨハネ10:1-10

すべての人が心から願っているもの…それは「自由」です。しかしほんとうの自由とは何でしょうか?「誰からも指図されずに、好きな時に好きな所へ行ったり、好きなものを手に入れたりできること」でしょうか?

聖書ではよく、人間を「羊」に、神様を「羊飼い」にたとえています。「主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません(詩篇23:1)」等です。きょうのヨハネ10:1にも「羊の囲い」という言葉が出てきます。これは夜の間、羊たちが休むための囲いです。この囲いの中で休み、朝、羊飼いに導かれて餌のある場所へ行く・・・これが羊にとって一番安心できる生き方です。

「誰にも指図されずに、好きなことをする」・・それが自由だとわたしたちは思いがちです。しかし聖書には「人間は罪の奴隷」と書かれています。 (さらに…)