天からの愛

「天からの愛」 2019/5/19

黙示録21:1~5
ヨハネ13:31~35

「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13:34)。
これは最後の晩餐の時にイエス様が弟子たちに語られた言葉です。この「新しい」という言葉はギリシャ語の「カイノス」です。カイノスというのは「時間的に新しい、最新のもの」という意味ではなく「まったく今までになかった」新しさです(前者の場合は「ネオス」を使います)。
「まったく新しい戒め」としてイエス様が言われたのは、意外にも「互いに愛し合いなさい」というものでした。これは旧約聖書はもちろん、他宗教や学校教育でも教えられるものであり、特に新しさは感じません。しかしそれらは「自分から出てくる愛」であり、その愛を、訓練や人生経験によって極めなさい、という教えです。しかし、イエス様が言われた「まったく新しい戒め」としての愛は、自分からではなく神様から与えられる愛です。
最後の晩餐のあとイエス様は逮捕され、十字架におかかりになります。「わたしが行く所へは、あなたがたは来ることができない」(ヨハネ13:33)。これは「人類を罪から救うために十字架で死んで復活するという任務は、わたししか成し遂げることが出来ない」という意味です。イエス様はそれを成し遂げてくださいました。自分に愛がないことを認め、そんな自分の身代わりにイエス様が十字架で死んでよみがえられたということを信じて洗礼を受ける人は、だれでも罪びととして死に、イエス様の命で新しく生まれます。
イエス様の命をいただいた人は、自分がもともと持っていた優しさとは別に、「天からの愛」を持ちます。それは知識や経験では説明できない愛です。 「見よ。わたしは、すべてを新しくする」(黙示録21:5)。この地上には悲しみも戦いもあります。しかし十字架のイエス様を仰ぎ見るたびに、わたしたちは新しくされ、天からの愛に満たされます。その愛をもって、誰かのために心を注いで祈りましょう。必ず何かが起こります。

(永田 令牧師)