わたしは生けるパンです

「わたしは生けるパンです」 2021/8/15 聖霊降臨後第11主日礼拝メッセージ

ヨハネ6:51-58

本日の箇所は聖書の中で最も衝撃的な部分と言えるでしょう。わたしはパンなのだからわたしを食べなさいと。そのパンとはわたしの肉であると。
こう言われたのは、パンの奇跡について、真の意味を伝えるためです。
パンの奇跡の第一の理由は、イエスさまと神さまが一つであることを知ってもらうためです。第二の理由は、人々に人生の目的は食べることではないと、理解してもらうためです。マタイの福音書に「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」と書いてあるとおりです。
ところが、人々はさらに自分たちが信じるためのしるしを求めました。信じてやるから引き換えに我々を末永く養ってくれと求めたのです。
そこで、人々が求めるパンとイエスさまが与えようとするパンは違うことを語られました。イエスさまが人々に与えようとするパンはいのちのパン、つまりイエスさまご自身です。
54節。「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日に彼らをよみがえらせます。」イエスさまがよみがえらせるのですから、イエスさまは食べられて死ぬのでないことは明らかです。これは聖餐式の主題と同じです。聖餐式にあずかる人は永遠の命を持つことが約束されているのです。
56節。「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。」これは同じヨハネの福音書15章で「もし、あなたがたがわたしの戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛の中にとどまるのです。」という箇所と共通の主題です。
イエスさまの愛の中にとどまることはイエスさまの戒めを守ることです。イエスさまの言葉に動かされて生きること、これがイエスさまの肉を食べ、血を飲むということです。
イエスさまが自分を食べさせるのは、罪のために滅ぶべき人々が生きるようになるためです。
内に入れたイエスさまの御言葉に動かされて毎日を生きる。そのような人に、イエスさまは永遠の命をお与えになります。
イエスさまとともに、今日も明日も、生きていきましょう。

(井上 靖紹 長老)