わたしたちの使命

ガラテヤ3:23~29
ルカ9:18~26

1年の後半に入りました。上半期の感謝と反省を心に刻み、ますます主に喜ばれる下半期を過ごして参りましょう。
今日の福音書は、イエス様が弟子たちに「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」という、人間にとって一番重要な質問をされる場面です。この質問をする直前まで、イエス様は「ひとりで祈っておられた」と、ルカは記録しています。イエス様は事あるごとに祈る「祈りの人」でした。ところが弟子たちはイエス様といっしょに祈っていません。わたしたちはどうでしょうか?祈りなしに、神様から任された使命を果たすことは出来ません。今もう一度、自分の「祈りの生活」について見直しましょう。
さて、このイエス様の祈りのおかげでしょうか、ペテロはイエス様のことを「神のキリスト」(生ける神の子キリスト=救い主)と告白しました。これこそ最高の、そして唯一の答えです。
その後イエス様は、キリストであるのに、否、キリストだからこそ、十字架にかかって死なれました。その死によってわたしたち罪びとを滅びから救い、復活の命を、永遠の命を与えてくださいました。これがイエス様の「使命」です。文字通り、わたしたちのために「命を使って」くださったのでした。
ではわたしたちの使命は何でしょうか?イエス様から与えられた命を、わたしたちは何のために使ったら良いのでしょうか?「自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです」(ルカ9:24)。“イエス様のためにいのちを失う”・・それは、自分の思うままに生きるのではなく、たとえ自分が損をしても、痛みを覚えても、他の人を励まし生かす、そのために自分の命を使う、ということです。そのように生きる時、わたしたちはアブラハムの子孫として、「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」(創世記12:3)という御言葉を実現する者となります。
下半期、わたしたちはもう一度本気で祈る者となりましょう。そして1人1人に与えられたわたしたちの使命を、しっかり果たして参りましょう。

(永田 令牧師)