おめでとう、恵まれた方

「おめでとう、恵まれた方」 2018/12/16

ローマ16:25~27
ルカ1:26~38

本日は受胎告知、と呼ばれる大変有名な場面です。
御使いガブリエルの訪問を受け、マリヤはひどくとまどいました。御使いの到来は神さまの決定事項を知らせるためです。断ることはできません。
「あなたは身ごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。」この時マリヤは十代半ばの少女でした。ヨセフと婚約していましたが、まだ結婚していません。もしもヨセフが、マリヤは自分の子でない子を妊娠したと告発すれば、姦淫の罪で石打ちの刑、死刑です。
しかし、マリヤは信仰によって受け入れました。人は信仰によって神さまに臨むとき、自分は生かされている存在であることを覚えます。神さまは愛の御方であることを悟るのです。
マリヤは「ほんとうに、わたしは主のはしためです。どうぞ、あなたのお言葉どおり、この身になりますように。」と答えました。
マリヤは何ら特別なことのない、ごく普通の少女でした。しかし、マリヤの素晴らしさは神さまを信頼して、自分の中心を神さまに置いて、小さいながら神さまと同心円を描く信仰を持ったことです。普通の少女であったからこそ、これは素晴らしいことなのです。
後に、イエスさまは、自分を信じた人々を顧みて「御覧なさい。わたしの母、また、わたしの兄弟たちです。神の御心を行う人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」と言われました。
マリヤと同様、信じる人はだれでも神さまと同心円を描く人となれるのです。それはその人にとって天の国で生まれること、第二の誕生です。
クリスマスは神の子の誕生日であるだけでなく、私たちが神の家族として改めて生まれた私たち自身の誕生日でもあるのです。
「おめでとう。恵まれた方。」この呼びかけは、神さまを信じ、神の子の家族となるすべての人に贈られたものと言ってよいでしょう。
私たちは互いに呼びかけ合いましょう。「クリスマス、おめでとう。」と。(井上 靖紹  長老)